【旅する野菜③】ヨーロッパ・新大陸|なぜコロンブスは、唐辛子を「pepper」と呼んだのか。


~種と文化がつないだ命の物語~

種は鳥に運ばれ、人に運ばれ、海を渡り、国境を越えました。その土地の文化と出会い、新しい料理や暮らしを育てながら、世界各地の食文化を豊かにしてきました。
このシリーズでは、歴史・地理・食文化をたどり、小さな種たちが歩んだ旅の物語をお届けします。

唐辛子ロード┃

【これまでの旅】

① メキシコ
約7,000年前、中南米で生まれた唐辛子。

② 大西洋
胡椒を求めたコロンブスが、新しい「辛さ」と出会いました。


コロンブスの勘違いが変えた世界の食卓

ーどうしてコロンブスは、胡椒(コショウ)を求めて航海に出たのか?ー

前回の記事では、およそ7,000年前のメキシコで、人々がすでに唐辛子を食べていたことをご紹介しました。
その小さな赤い実は、やがて海を越え、世界の食卓へ広がることになります。

しかし、実はヨーロッパの人々が命がけで探していたのは、唐辛子ではありませんでした。

彼らが本当に求めていたのは――「胡椒(こしょう)」だったのです。



🌶中世ヨーロッパで「金と同じ価値」を持っていた胡椒の歴史

今では、スーパーで数百円の胡椒を気軽に買うことができます。

しかし15世紀のヨーロッパでは、胡椒は「黒い黄金」と呼ばれるほど貴重なものでした。

裕福な家では胡椒を鍵付きの箱に保管していたともいわれています。

塩漬け肉や保存食が中心だった当時、胡椒は味に変化を与える貴重な調味料として重宝されていました。

胡椒には、以下の働きがあるといわれています。

  • 肉や魚の臭みを消す
  • 消化を助ける
  • 食欲を増進する
  • 身体を温める
  • 胃腸の働きを活発にする

つまり胡椒は、

調味料であり、保存の知恵であり、薬のような存在でもあったのです。


🌶胡椒を求めて始まった大航海時代

胡椒の産地は遠く離れたインドでした。

ヨーロッパへ届くまでには、

  • インド商人
  • アラブ商人
  • オスマン帝国商人
  • イタリア商人

と、多くの人の手を渡ります。
そのたびに価格は上がり、最終的には金と同じほどの価値になることもありました。

そこでヨーロッパの国々は考えます。

「海を通って直接インドへ行けばいい。」
こうして始まったのが、大航海時代でした。

船乗りたちは未知の海へと漕ぎ出していきます。

目的はロマンではありません。
胡椒を手に入れること。

それは国家を豊かにする一大事業だったのです。

しかし、その旅が世界を変えることになるとは、
誰も想像していませんでした。


🌶インドを目指して、アメリカ大陸に着いた

1492年。
航海者コロンブスは、西へ向かえばインドに到着できると考えました。

当時のヨーロッパ人は、大西洋の向こう側に巨大なアメリカ大陸があることを知らなかったのです。

コロンブスは現在のバハマ諸島に到着したとき、「ここはインドの周辺の島々」だと最後まで
信じていたといわれています。

そのため、現地の人々を「インディオ(インド人)」と呼びました。
これはコロンブスの勘違いから生まれた名前でした。


🌶そこで出会った、もうひとつの辛さ

アメリカ大陸の人々は、何千年も前から唐辛子を栽培していました。
肉や豆、トウモロコシの料理には、すでに唐辛子が使われていたのです。

コロンブスたちは、その辛さに驚きます。

そして思いました。

「これは胡椒のように辛い。」

こうして唐辛子は、
英語では 「Red Pepper 」と呼ばれるようになりました。

前回ご紹介したように、
ピーマンも唐辛子も英語では「Pepper」の仲間。

その名前の始まりは、この勘違いにありました。

胡椒を探していたヨーロッパ人は、偶然にも世界の食文化を変える新しい香辛料と出会ったのです。



🌶なぜ唐辛子は世界中へ広まったのか?


アメリカ大陸でコロンブスたちが出会った「もうひとつの辛み」である唐辛子。
これにも、胡椒に負けない優れた力がありました。

  • 保存食の安全性を高めるはたらき
  • カプサイシンが発汗を促し、暑い地域では体温を下げる体温調節のはたらき
  • 血流を良くして身体を温め、胃腸の働きを活発にするはたらき

おもしろいことに、唐辛子は「体を温める食べ物」でありながら、かいた汗が蒸発するときに熱を奪うため、
結果として「体温を下げる」効果もあるのです。

暑い国に辛い料理が多いのには、こうした歴史と理にかなった理由があるのです。


🌶そして唐辛子は、東へ向かう

こうしてヨーロッパへ渡った唐辛子は、その後さらに東へと旅を続けます。

ポルトガルの船に乗った赤い実は、アフリカを回り、
今度は胡椒の故郷である、インドへ向かいます。

pepper_road

そして東南アジア、中国、朝鮮半島を経て――

やがて日本へたどり着くことになります。

世界を旅した赤い実は、日本でどのように受け入れられたのでしょうか。


コラム|大航海時代は、世界の食卓を変えた

コロンブスをはじめとする航海者たちが命がけで海を渡ったことで、世界中の畑と食卓が激変しました。

この時代、唐辛子や胡椒などの香辛料だけでなく、
トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、カカオなども初めて世界へと拡散したのです。

もし彼らが海を渡っていなかったら、イタリアのトマトパスタも、日本の肉じゃがも、辛い本格カレーも存在していなかったかもしれません。

歴史を動かしたのは王や英雄だけではありません。
名もなき小さな植物のタネが、私たちの生きる世界を大きく変えたのです。


【予告┃旅する野菜④】唐辛子、胡椒の国へ。

~なぜインドのカレーは赤くなったのか?~

コロンブスによってヨーロッパへ渡った唐辛子は、
さらに東へ向かいます。

その行き先は―― 胡椒の故郷、インドでした。

世界を旅した赤い実は、次の土地でまた新しい物語を始めます。

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山口かをる(畑料理研究家)
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