野菜売り場に一年中、必ず並んでいるホウレンソウ。しかし、冬の方がたくさんあり、ちょっと安くなっていたりします。それはホウレンソウが旬だから。さらに最近はちぢみホウレンソウをよく見かけるようになりました。袋に「冬期限定」なんて書かれていると「今だけ感」に後押しされ、つい買ってしまいそう。いや、買っていました…。というわけで、今回はホウレンソウについて少し深掘りしました。
※野菜の名前について、原則的に「野菜物語」の本文ではカタカナ、レシピではひらがな/漢字で表記していきます
Contents
ホウレンソウの原産地・歴史・種類
ペルシア周辺地域から世界中に
ホウレンソウは現在のアフガニスタン/イラン付近が原産地であるとみられています。ネパールから唐の時代の中国に伝わったあと、1600年代に日本に伝わったと考えられています。西方へは11世紀頃、アラビア、北アフリカを経てスペインに伝わり、その後ヨーロッパへ諸国に広がったとされています。
ホウレンソウは漢字で「菠薐草」と書くことがあります。この「菠薐」は中国語でペルシア(現イラン)のことを意味する、という説がありますが、当時のネパールを指す「波稜(ぽりん)」と呼んでいたところ、後にくさかんむりがついて「菠薐(はりょう)」と書かれるようになり、日本に伝わって「ほうれん」+「草」となったという説もあります。
ポパイのパワーアップアイテム
ホウレンソウは、15世紀以降、1700年代にヨーロッパからアメリカ大陸にもたらされて改良されたと考えられています。現在の米国での栽培品種は北欧からとかニュージーランドから、など諸説あります。米国では1915年頃から缶詰加工の発達に伴い栽培が盛んとなり、1920年代に始まった漫画のポパイ(the Popeye the Sailorman)がホウレンソウの消費促進に使われた、と考えられています。ここぞというときに缶詰からホウレンソウが飛び出してきて、それを食べると超人的な力を出すというポパイの影響は大きく、子どもがホウレンソウを食べるモチベーションにはなったようです。日本でもアニメが放送されていましたが、見たことがないホウレンソウの缶詰自体がそもそも謎だった記憶があります。
ホウレンソウの種類と特徴
ホウレンソウは寒さに強く暑さに弱い野菜で、生育には10~15度が適しています。品種は主に東洋種と西洋種に大別されます。日本において近年出回っている品種の主流は東洋種と西洋種を交配した交雑種です。
東洋種
葉の先がとがっていてギザギザしています。葉肉は薄めで、根が鮮紅色。アクは少なめ。歯切れよく淡泊な味で、おひたし向き。
西洋種
葉の切れ込みが少なく、丸みを帯びた卵形または長楕円形です。葉は肉厚で根は淡紅色。アクが強く、土臭さがあります。
交雑種
東洋種と西洋種の優れた点を生かした一代雑種が多く、通年栽培ができるよう品種はさまざまで、葉の形もいろいろです。スーパーなどの売り場で、品種の記載があるホウレンソウに出会ったことがありませんが、確かに、その時々でさまざまです。
ベビースピナッチ
サラダ用のホウレンソウの幼葉。下の写真は、ヨーロッパ品種とのこと(袋に記載してあったメーカーさんHPより)。えぐみやアクを抑えてあるので生でも食べられます。なにしろさっと洗うだけでいいので楽です。欧米でホウレンソウといえばこれがサラダ用の野菜袋に入って売られていることがほとんど。でも電気ポットの熱湯を通し、しょうゆでもかければすぐにお浸し風が味わえますよ。
ちぢみホウレンソウ
「寒締めホウレンソウ」ともいわれ、真冬の時期にしか出回りません。色が濃く、文字通り全体的に縮れた感じのホウレンソウです。寒さに対する自己防衛反応で糖度を増して、自らを凍らせないようにするのだそうです。
ホウレンソウの生産地・分布
世界の生産状況
Food of Agriculture Organization(FAO)の統計から世界のホウレンソウの総生産量を調べたところ、2021年は約3,000万トンで、中国が全生産量のなんと約92%を占めていました。中国以外での生産上位国は米国、トルコ、日本、ケニア、インドネシア(多い順)でした*。
国内の生産状況
日本における令和3年度の総収穫量は約210,500トンでした。データのある都道府県の中でその割合をみてみると、埼玉県が12%でトップ。続いて群馬県(11%)、千葉県(10%)、茨城県(9%)宮崎県(7%)という結果でした*。上位4県が関東地方であり、これに神奈川県(4%)、栃木県(3%)、東京都(2%)*のデータを加えると全国の収穫量のほぼ半分が関東の1都6県で占められていることになります(図)。日本最大の平野、関東平野のなせる技?でしょうか。
*農林水産省「作況調査(野菜)」https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_yasai/
旬はいつ?
ここ数年の東京都中央卸売市場での出荷状況をみると、7月から9月頃が冬場の半分近くの供給量になりますがそれ以外の時期は安定的に供給されています。令和4年においては11月と3月にピークがあり、11月から3月の冬の時期に東京市場に入ってくるホウレンソウは、群馬県産と茨城県産で7割以上を占めていました*。
*東京都中央卸売市場 https://www.shijou-tokei.metro.tokyo.lg.jp/
ホウレンソウのすがたかたち
いわゆる「青菜」の代表格
青菜のおひたし、青菜の炒め物などの「青菜」は、濃い緑色をした葉を食べる野菜の総称。ホウレンソウはその代表格で、農林水産省の指定野菜注)の中で青菜に該当するのはホウレンソウだけです。
注)指定野菜:全国的に流通し特に消費量が多く重要なものとして国が指定している野菜のこと。「キャベツ、きゅうり、さといも、だいこん、たまねぎ、トマト、なす、にんじん、ねぎ、はくさい、ばれいしょ、ピーマン、ほうれんそう、レタス」の14品目が該当します。
ホウレンソウとコマツナはどう違う?
特に東京ではコマツナはホウレンソウより作付面積が広く、青菜といえばホウレンソウかコマツナか、といったところ。コマツナの詳細はまた別の機会に書くとして、両者の植物としての主な違いを挙げると次のようになります。
・科が違う。コマツナはアブラナ科、ホウレンソウはヒユ科
・ホウレンソウは雌雄別の株でできるが、コマツナはひとつの花の中におしべとめしべがある
・葉柄の下(根っこ)が赤いのがホウレンソウ、赤くないのがコマツナ
・アクやえぐみが多いのがホウレンソウ、ほとんどないのがコマツナ
ロゼットで越冬するホウレンソウ
冬の露地栽培のホウレンソウの葉は地面近くで放射状に広がっています。この様子はバラの花のように広がって見えるため「ロゼット(rosette)」と呼ばれています。中国野菜のタアサイやタンポポなどもこのロゼット状になります。
この形なら太陽を効率よくたくさん浴びて光合成でき、ビタミンCも多く蓄積します。寒締めのホウレンソウはこのロゼットになり、開いた形のまま流通しています。寒締めにするには、適した品種を選んだり、種をまく時期、外気の温度やさらす期間などを考慮しなければならないので、さらに一手間かかりますね。
ちなみに、私たちが食べている野菜のホウレンソウは花が咲く前に収穫するので、雄株と雌株のどちらかわからないままですが、冬を越して収穫しないでいると初夏に花をつけるのだそうです。
どんなホウレンソウがおいしいの?
葉の色が濃く、葉先までピンと張っていてみずみずしいものが新鮮です。通常の流通では収穫から店頭に並ぶまで数日かかるので、一般的なスーパーのものと、畑でとれたばかりのホウレンソウを比べると葉の勢いが違うような気がします。
また、露地ものは葉が開き気味で茎が短く根元から葉がたくさん出ていてどっしりしています。葉の端に枯れたような傷んだ部分は、よく洗って土を落とし、傷んだ部分を少し取り除いて調理してください。
ホウレンソウの保存方法
袋のまま立てた状態で
ホウレンソウは寒さに強いので冷蔵庫または野菜庫で立てた状態で保存しましょう。葉菜類は横にすると立ち上がりやすく、そのときに余計な呼吸をして、水分や含まれる栄養素が低下し劣化が進みます。
すでに保存袋に入って売られているホウレンソウは、使うまでその袋に入れておきましょう。袋にもそう書いてあると思います。袋入りではない場合は、霧吹きで水分を補給し、新聞紙かキッチンペーパーに包んでビニール袋に入れてください。
冷凍するときは
鮮度が命なので、入手したらすぐに調理・加工したいところです。しかし、たくさんいただいた、などどうしても食べきれない場合は、冷凍してしまいましょう。洗って水気を拭き取り、空気を抜いて冷凍庫に。使う時は凍ったまま熱湯に入れ、再沸騰したらすぐ上げます。冷水で晒して絞ったらいつもの料理に使えます。
個人的には軽く下ゆでしてから冷凍保存する方が多いです。冷水にさらしてアクを抜き、しっかり水気を切って3~4cmの長さに切り分け、ラップで小分け包装して冷凍します。これを食べきる分だけ自然解凍して、ごま和えや、白和え、辛子和え、みそネーズ(みそ+マヨネーズ)和えなどに展開できます。各種ドレッシングを和え衣にしてもおいしいと思います。
また、ペーストを作って冷凍する、という方法もあります。普通にゆでてからフードプロセッサーなどでペースト状にし、ラップに包んでジップ付き冷凍袋に入れます。
栄養素や成分について
緑黄色野菜らしく、栄養素がいろいろ期待できる
β-カロテン、カリウム、鉄、食物繊維
ホウレンソウはβ-カロテンがが生の状態で100gあたり4,200μg含有されています15)。そのほか、1回に食べる量を考慮するとカリウム、冬ならビタミンC、鉄などの供給源となるほか、食物繊維源にもなります。含有する栄養素の詳細は成分表のデータをご参照ください。
ビタミンC
冬採りなら夏採りの3倍程度、生100gあたり60mg含まれていますが15)、貯蔵条件や調理によって減少します。ビタミンCは葉の色素でもあるクロロフィルの含量と関係がありますので、調理による変色にも気をつけるとよいでしょう。
抗酸化物質
β-カロテンやビタミンCは栄養素としてみとめられており、抗酸化物質としても知られる成分です。それとは別に、ホウレンソウにはアブラナ科の野菜とは異なるフラボノイドが多数含まれていることがわかっています。また、寒締め栽培により抗酸化物質の3種類のフラボノイド含量が増加し、抗酸化能が高まったことが報告されています12)。
ホウレンソウのアク
ホウレンソウはシュウ酸を多く含み100gあたり1000mgほど含有しています10)。アクやえぐみの成分となるほか、体内でカルシウム塩と結びつき尿路結石の原因やカルシウムの吸収を阻害するといわれています。シュウ酸は水溶性なので、ゆでて水にさらせばなくなります(7割程度減少する、とされています。エビデンス確認中)。電子レンジで加熱した場合は、水さらしをすればこのアクが流れると同時に、色を鮮やかに保つことができます。 さらに、ホウレンソウの茎には硝酸が多く含まれていることも知られています。ホウレンソウ以外にも葉菜類全般にその傾向があります。硝酸は、発がん物質ニトロソアミンの生成を引き起こすことなどが指摘されています。食味にも影響することから、硝酸も水溶性のため、茹でこぼしてしまえばある程度解決できますので、必要以上に恐れることはないと考えています。
色よくおいしく調理するには
ホウレンソウはゆで方が重要
アクを除き、色のよいホウレンソウを食べたいなら、やはり下ゆでがポイントになります。色よく仕上げるとビタミンCの残存も期待できるので、まず新鮮なうちに「ゆでほうれん草ベース」を作って保存しておくのがおすすめです。
よく洗って水を切ったホウレンソウは、沸騰したたっぷりの湯に1%程度(ホウレンソウの個体差もありお好みで調整してください)の塩を入れて根元からゆでていきます。沸騰した湯に入れる前には洗ったときに付着した水を切らないとお湯の温度がかなり下がってしまうので沸騰まで時間がかかり、色よく仕上がりません。
根元がくたっとして火が入ったら、次は葉の部分を熱湯に入れ、しんなりしてきたらすぐに冷水にとり、しばらく水にさらします。これで緑の色が定着し鮮やかにし上がり、アクも溶出していきます。
水から上げたら繊維を潰さない程度にぎゅっと絞ると水っぽくなるのを防ぐことができます。
ゆでる際、根が太い場合は十字に切り込みを入れると火の通りが良く、茎の間に残った土も落ちやすくなります。
ホウレンソウを使ったレシピもありますのでご参照ください(準備中です)。
ホウレンソウのデータ
分類:葉菜類(a)(b) (c)
英名:Spinach
学名:Spinacia oleracea
漢字表記:菠薐草(ほうれんそう)、唐菜(とうな)、赤根菜(あかこんさい)
科名:ヒユ科
原産地:アフガニスタン
<出典>
a) 野菜生産出荷統計による分類(農林水産省)
b) 日本標準商品分類(総務省 平成2年6月改訂)
c) 国民健康・栄養調査、食糧需給表
英名、学名は農林水産省, 作物分類 より引用https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_sasshin/group/sakumotu_bunrui.html(2022年11月参照)
漢字表記、科名、原産地は参照文献1)より引用
■ホウレンソウの栄養成分
<参考文献>
1) 板木利隆ほか監修.『野菜と果物』小学館(2013年)
2) 八田尚子、大竹道茂監修.『まるごとほうれんそう』絵本塾出版(2017年)
3) JAグループとれたて百科 ホウレンソウ
4) 農林水産省「作況調査(野菜)」https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_yasai/
5) 独立行政法人 農畜産業振興機構. ホームページ『今月の野菜:ほうれんそう』
6) 独立行政法人 農畜産業振興機構.『野菜ブック』(2019年)
7) Ribera, A. et al.: Euphytica 216, 48 (2020). https://doi.org/10.1007/s10681-020-02585-y,
8) Wisconsin department of Public Instruction. fact-sheet Spinach
9) 澤野 勉, 高橋 幸資 編.『新編 標準食品学 各論[食品学II]』医歯薬出版(2018年)
10) 農文協編 野菜園芸大百科 第2版『ホウレンソウ・シュンギク・セルリー』農山漁村文化協会(2004年)
11) 木矢博之ほか. 奈良農技能セ研報 36.13-20(2005)
12) 農研機構. プレスリリース「ホウレンソウは寒締め栽培で食味が向上し抗酸化能が高まる」(2015年)
13) やさい畑フォーアマーズ倶楽部 編. 『プロに教わる 野菜の収穫・保存・加工の技とコツ』家の光協会(2022年)
14) JA全農広報部 監修 『JA全農広報部さんにきいた 世界一おいしい野菜の食べ方』KADOKAWA(2022年)
15) 香川 明夫 監修.『八訂 食品成分表〈2022〉』女子栄養大学出版部(2022年)