旅する野菜|トマト④ ジェノヴァでラビオリに出会う

トマトと旅するイタリアの表紙イラスト。イタリアの各都市を描いた旅のイメージ
VIAGGIO DEL POMODORO

北イタリアの港町、ジェノヴァへ。

ナポリから海沿いを北へ。

古くから地中海交易で栄えた港町、ジェノヴァを訪ねます。

トマトの歴史を探っていたら、おいしい料理に出会いました。

海と山のあいだ、リグーリア州

ナポリから北へ向かい、ジェノヴァのあるリグーリア州に入ります。

リグーリア。実は、私はこの州の名前をよく知りませんでした。州都がジェノヴァだと知り、あらためて地図を眺めてみました。

イタリア北西部、地中海に沿って細長く広がる土地。海岸線のすぐ背後には山々が迫っています。

北部と聞くと、寒い土地を想像してしまいますが、ジェノヴァの冬は思いのほか穏やかです。1月でも平均最高気温は約11℃。 この気候と地形が、オリーブや香草を育み、リグーリアならではの食文化につながってきたのでしょう。

北イタリアといえば、ミラノやトリノ、ジェノヴァなどの工業都市を思い浮かべます。一方では、ジェノヴァの食卓には地中海の香りがありました。

この土地の料理には、オリーブオイルやバジルなどの香草、野菜がよく使われます。北イタリアの料理というとバターやクリームを使った濃厚な料理を思い浮かべますが、ここには地中海沿岸ならではの食文化が息づいています。

バジルを使った伝統料理、ペスト・アッラ・ジェノヴェーゼ

ジェノヴァの料理を調べていて、大事なことを忘れていたことに気づきました。そう、ジェノヴェーゼです。

日本でもおなじみの、バジルの香り豊かな緑色のソース。その名前が、この港町に由来しているのです。

「ペスト・アッラ・ジェノヴェーゼ」は、バジル、松の実、ニンニク、チーズ、オリーブオイルなどをすり合わせて作るソース。リグーリア地方を代表する料理の一つです。

バジルの葉を添えたトロフィエ・アル・ペスト
リグーリア地方の伝統的なパスタ、トロフィエ。ねじれた形にバジルのペストがよく絡みます。
写真:Pastalovers / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

「ペスト(pesto)」という名前は、イタリア語で「すりつぶす」を意味する pestare(ペスターレ) に由来します。バジルやニンニクなどを乳鉢ですりつぶす、伝統的な調理法から生まれた名前です。バジル以外にも、ルッコラやパセリ、ピスタチオなどを使ったペストがあります。

Kuwatoteキッチンでは、にんじんの葉っぱを使ったジェノベーゼ風ソースのレシピも紹介しています。

▶ 人参の葉っぱのジェノベーゼソース|レシピを見る

ナポリでは、トマトが赤いソースとなって食卓に広まりました。北へ旅してきたジェノヴァでは、バジルの緑色のソースが待っていました。

その一方で、ここジェノヴァには、肉やきのことトマトを煮込んだ料理もあります。同じイタリアでも、土地が変われば食卓の色も変わる。そんなことを考えながら、ジェノヴァの港から街へと目を向けます。

① 港|Porto Antico
① 港|Porto Antico

港から、街へ

ナポリを離れ、イタリア半島の西側を北へ向かいます。海に沿って山々が迫るリグーリア地方。その中心都市ジェノヴァは、古くから地中海交易で栄えた港町です。港に立つと、海に向かって開けた風景の背後に、建物が折り重なるように並んでいます。船が運んだのは商品だけではありません。遠い土地で生まれた食材や、料理の知恵も海を越えて伝わってきました。

Gianni Careddu / CC BY-SA 4.0 原本・利用条件
② 旧市街|Caruggi
② 旧市街|Caruggi

路地に息づく暮らし

港から旧市街へ入ると、街の表情が変わります。高い建物の間を、細い道が入り組むように続いています。ジェノヴァの人々が「カルッジ」と呼ぶ路地です。店先や石畳に今も人々の暮らしが息づきます。歩いていると、オリーブオイルのいい香りがするフォカッチャの店にも出会います。

Jensens / Public domain 原本・利用条件
③ 市場|Mercato Orientale
③ 市場|Mercato Orientale

海と山の食材が集まる市場

メルカート・オリエンターレ。市場の写真を眺めると、色とりどりの野菜や果物が目に入ります。海と山が近いリグーリアでは、どんな食材が日々の食卓を支えてきたのでしょう。バジルのペストだけでなく、肉を煮込むソースや、具を包んだパスタも、この土地に受け継がれてきた料理です。では、トマトはここでどんな味になったのでしょう。

Daderot / CC0 1.0 原本・利用条件
④ ラビオリ|Ravioli al tocco

肉のソースとラビオリ

ジェノヴァには、ラビオリに「トッコ」と呼ばれる肉の煮込みソースを合わせる料理があります。ラビオリは薄く伸ばしたパスタ生地で具を包んだもの。現在のトッコにはトマトを使う作り方もあり、肉の深い味わいに酸味とうま味が重なります。ナポリで出会った、トマトを前面に出すソースとは違う一皿です。

ラビオリは、どこから来たのか

ラビオリという名前の語源には諸説あり、はっきりとはわかっていません。中世の文献にはラビオリと呼ばれる料理が登場しますが、当時は必ずしも現在のように、薄い生地で具を包んだ形ばかりではありませんでした。

交易で栄えた港町ジェノヴァには、海と山の食材が集まりました。野菜やハーブ、チーズ、肉を組み合わせ、薄い生地に包む料理にも、この土地ならではの豊かさが感じられます。ただし、港の交易がラビオリの発明に直接つながったとまでは断定できません。

日々のラビオリ、祝いのラビオリ

現在よく知られるラビオリには、ほうれん草とリコッタチーズを包み、トマトソースやバターなどで食べるものがあります。ジェノヴァには、野菜やチーズを使う肉なしのラビオリと、肉やハーブを使うラビオリの伝統もあります。

肉が今ほど日常的ではなかった時代、具にも肉を使い、さらに牛肉を煮込んだ「トッコ」を合わせる一皿は、材料にも手間にも恵まれた料理でした。リグーリアでは、肉入りのラビオリやトッコが祝いの食卓にも登場します。

ラビオリは、イタリアの食事では通常、最初の料理「プリモ・ピアット」。牛肉のうま味が溶け込んだソースをラビオリにかけ、鍋から取り出した塊肉は切り分けて、次の「セコンド・ピアット」に。一つの鍋を、二皿のごちそうに仕立てる知恵です。

プリモ|ラビオリ・アル・トッコ(AI制作イメージ)
プリモ|ラビオリ・アル・トッコ|煮込んだ肉のうま味を含むソースをかける。料理の再現イメージ(AI制作)
セコンド|煮込んだ牛肉(AI制作イメージ)
セコンド|煮込んだ牛肉|柔らかく煮えた塊肉を、次の皿でいただく。料理の再現イメージ(AI制作)

パガニーニが書き残したラビオリ

1832年に描かれたニコロ・パガニーニの肖像版画
ニコロ・パガニーニ(1832年)/Nicolas Eustache Maurin、トリノ科学アカデミー所蔵。原本・利用条件(パブリックドメイン)

ニコロ・パガニーニ。1782年にジェノヴァで生まれ、驚異的な演奏技術でヨーロッパに名を知られたバイオリニストです。そのパガニーニは、ラビオリのレシピも手書きで残しています。

レシピには、バターで玉ねぎを炒め、牛肉を加え、トマトの保存食品や乾燥きのこを使うソースの作り方が記されています。ラビオリの具には肉やハーブ、チーズなどを使います。

トマトは煮詰めて保存し、きのこは乾燥させる。旬の食材を季節の外でも使えるようにする工夫が、ソースの味を支えています。乾燥きのこは水で戻せば香りとうま味が広がり、少量でも肉の煮込みに奥行きを与えます。

CUCINA DI VIAGGIO

作ってみたい、パガニーニのラビオリ

パガニーニの手書きレシピを手がかりに、家庭で作りやすい分量にしたアレンジです。生地は原典にならって卵を使わず、具は手に入りやすい食材で作ります。原典そのものの忠実な再現ではありません。

約2〜3人分/目安2時間半〜3時間(煮込み・生地を休ませる時間を含む)

材料

生地

  • 強力粉 100g
  • 薄力粉 100g
  • 水 95〜110ml(少しずつ調整)
  • 塩 ひとつまみ

ラビオリの具

  • 牛または豚のひき肉 120g
  • ほうれん草 70g
  • パルメザンチーズ 20g
  • 溶き卵 大さじ1〜2(まとまりにくい場合)
  • 塩 少々

肉とポルチーニのトマトソース

  • 牛肩肉など煮込み用の牛肉(3〜4cm角)350〜400g
  • 玉ねぎ 1/2個
  • バター 15g
  • トマトペースト 大さじ2
  • 乾燥ポルチーニ 10g
  • 小麦粉 小さじ1
  • 水 350〜500ml(戻し汁を含む・煮込み中に適宜追加)
  • 塩 少々

作り方

  1. 生地をこねる。粉と塩を混ぜ、水を少しずつ加えてひとまとめにする。台の上で8〜10分ほどこね、乾かないよう包んで30〜60分休ませる。
  2. ポルチーニを戻す。ぬるま湯150mlほどに20〜30分浸す。きのこは刻み、戻し汁は茶こしやペーパーでこして砂を除く。
  3. ソースを煮る。鍋にバターと刻んだ玉ねぎを入れて炒め、牛肉を加えて表面を焼きつける。小麦粉を振って軽く炒め、トマトペースト、ポルチーニ、戻し汁、水を加える。ふたをして弱火で1時間半〜2時間ほど、牛肉が柔らかくなるまで煮込む。煮詰まれば水を足し、塩で調える。
  4. 具を作る。ほうれん草をゆでて水気をしっかり絞り、細かく刻む。ひき肉はフライパンで完全に火を通して冷まし、ほうれん草、チーズ、塩と混ぜる。まとまりにくい場合だけ溶き卵を少量加える。
  5. 生地を薄く伸ばす。生地を2等分し、打ち粉をしながら麺棒で約1mmを目安に薄く伸ばす。伸ばしにくいときは数分休ませる。
  6. 包む。一枚の生地に具を小さじ1ずつ、約4cm間隔に並べる。具の周囲に水を薄く塗り、もう一枚をかぶせる。空気を押し出してしっかり閉じ、包丁やパスタカッターで四角く切る。
  7. ゆでて二皿に仕上げる。たっぷりの湯に塩を加え、ラビオリを静かに入れて3〜5分ほどゆでる。生地の厚みに応じて調整し、中まで十分に火が通ったら引き上げる。塊肉を鍋から取り出し、ラビオリには温めたトッコのソースをかける。牛肉は切り分けて別皿に盛り、主菜としていただく。

作るときの小さなコツ:生地は乾燥すると閉じにくくなります。作業中は使わない生地を包んでおきましょう。牛肉は大きな塊のまま煮込み、ソースと肉を分けて盛りつけます。

原典には子牛肉、ソーセージ、ボリジなどを使う具が登場します。ここでは入手しやすいひき肉とほうれん草に置き換えました。また乾燥きのこの種類は原典では指定されていません。ポルチーニは現代のアレンジです。分量、加熱時間、生地の水分量は家庭用に補いました。調理未検証の試作レシピです。

史料:米国議会図書館「Food for Thought: Recipes in the Collections」/同図書館による再現調理記録

トマトは、土地の味になっていく

ナポリでは、トマトがパスタの主役になっていきました。ジェノヴァで出会ったのは、肉やきのこの風味にトマトを重ねたソースです。

同じトマトでも、土地が変われば使われ方が変わります。それぞれの土地には、すでに親しまれてきた食材と料理がありました。トマトはそうした食文化の中に、少しずつ迎え入れられていったのでしょう。

歴史を調べていたら、おいしい料理に出会ってしまった。

ジェノヴァの旅はここでひと休み。次は山を越えて、ピエモンテ地方のトリノへ向かいます。

写真・参考資料

① Gianni Careddu(CC BY-SA 4.0) ② Jensens(パブリックドメイン) ③ Daderot(CC0 1.0)。各写真の原本・ライセンスは写真下のリンクをご覧ください。④ 料理の再現イメージ(AI制作)。ジェノヴェーゼの写真:Pastalovers(CC BY-SA 4.0)。

パガニーニの手書きレシピについては、米国議会図書館所蔵資料を参照。本文は料理史の紹介であり、原稿の厳密な復元調理ではありません。

※料理名の由来や歴史的な食習慣には諸説があります。史料に基づく記述と、現代の家庭向けに調整したレシピ・AI制作の料理イメージを区別して掲載しています。

山口かをる(畑料理研究家)
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