アルプスの麓、トリノへ。
ジェノヴァの港を離れ、アルプスの麓へ。サヴォイア家の都として栄え、やがて工業都市となったトリノを訪ねます。
宮廷の料理と、農村や工場で働く人々の食卓。その中で、トマトはどのように使われてきたのでしょうか。
フランスに近い、アルプスの麓の都
ジェノヴァの港から北西へ。海岸沿いの風景から山あいの道を抜けると、やがて広い平野が現れます。遠くにそびえるのはアルプスの山々。
ここはイタリア北西部、ピエモンテ州です。
ピエモンテという地名は「山の麓」を意味する言葉に由来します。州都トリノは、アルプスから流れるポー川のほとりに発展した街。
冬は冷え込み、夏は暑くなる内陸の気候です。

サヴォイア家の都
トリノの街には、広々とした広場や整然と続く通り、壮麗な宮殿が残っています。その歴史を語るうえで欠かせないのが、サヴォイア家です。
サヴォイア家は、現在のフランスとイタリアにまたがるアルプス周辺を治めた一族でした。
1563年、エマヌエーレ・フィリベルト公は、それまでの中心地シャンベリからトリノへ都を移します。
トリノは宮廷都市として発展し、フランスをはじめとするヨーロッパ各地の文化を取り入れていきました。宮廷の食卓にも、バターや肉を使った料理、手の込んだソース、菓子やチョコレートなど、さまざまな文化が育ちました。

宮廷都市から工業都市へ
トリノにはもう一つの顔があります。
19世紀末から20世紀にかけて、街はイタリアを代表する工業都市へと姿を変えていきました。1899年には自動車会社フィアットが創業。トリノはミラノ、ジェノヴァとともに、北イタリアの工業の三角地帯を形成します。
農村から都市へ移り住む人々も増えました。工場で働く人、事務所で働く人、商店を営む人。働き方が変われば、食事の時間や食卓の風景も変わります。
工場で働く人々は、「バラキン」と呼ばれる金属製の容器に、家で作った料理を詰め、持参していたといわれます。宮廷の華やかな食卓とは異なる、働く人の日々の食事です。
アルプスの麓の農村、サヴォイア家の宮廷、そして近代的な工場。トリノには、異なる時代と暮らしの食文化が重なっています。

赤茶色の屋根が連なる街
トリノの街を見渡すと、赤茶色の屋根が連なり、その向こうにモーレ・アントネリアーナの高い塔が見えます。広い通りや柱廊のある街並みには、宮廷都市として整えられてきた歴史が感じられます。
壮麗な建物のある中心街から少し歩くと、人々の日々の買い物を支える市場があります。

トリノの台所を歩く
街の中心部から北へ向かうと、レプッブリカ広場に広がるポルタ・パラッツォ市場があります。
野菜や果物、肉、チーズなどが集まる、ヨーロッパでも有数の規模を持つ市場です。
色とりどりの野菜が並び、手書きの値札が下がっています。フェンネル、パプリカ、トマト。買い物客と店の人が言葉を交わす様子から、街の日常が伝わってきます。
トリノにはサヴォイア家の宮廷文化があり、近代には工業都市として発展しました。その一方で、市場には、毎日の食事を支える人々の暮らしがあります。
この土地では、どんな野菜が育ち、どのように料理されてきたのでしょう。
野菜を囲む、バーニャ・カウダ
ピエモンテの郷土料理といえば、バーニャ・カウダがよく知られています。ニンニクとアンチョビをオリーブオイルなどで温めたソースに、季節の野菜を浸して食べる料理です。

海に面していないピエモンテで、なぜアンチョビが使われるのでしょう。かつてリグーリアなどの海岸地方と内陸を結ぶ交易路を通じて、塩や塩漬けの魚が運ばれていました。

キャベツに包む、農村の知恵
もう一つ、今回ぜひ紹介したい料理があります。カプネット(Capunet)。
キャベツの葉で肉やパンなどを包んだ、ピエモンテのロールキャベツです。
具には、残ったロースト肉や茹で肉、ソーセージ、硬くなったパン、チーズなどが使われます。柔らかくしたキャベツの葉で包み、焼いたり煮込んだり。作り方には地域や家庭による違いがあります。
料理の中心にあるのは、食材を無駄なく使う知恵です。昨日の肉料理が、今日はキャベツに包まれた新しい一皿になる。硬くなったパンも、牛乳などで戻せば、具をまとめる大切な材料になります。
アルプスの麓で育つトマト
ここで、今回の旅の主役、トマトに目を向けてみましょう。
トリノは北緯約45度。日本では北海道の稚内付近にあたります。
しかし、ピエモンテの夏は十分に暖かく、トマトの露地栽培も行われています。
現代では温室やトンネルを利用して苗を育てる方法も使われています。
トリノ南東のカンビアーノには、「コストルート・ディ・カンビアーノ」という土地ゆかりのトマトがあります。扁平で、ヘタの周囲にひだがあるのが特徴です。
地域の資料には、20世紀前半のカンビアーノでトマトの加工が行われ、収穫物が工場へ運ばれたことが記録されています。
畑で育て、収穫し、加工し、都市の市場へ届ける。トリノの周辺には、工業都市を支える農業の営みもありました。
ピエモンテの食卓には、肉やバター、チーズを生かした料理が多くあります。薄切りの仔牛肉にツナを使ったソースを添えるヴィテッロ・トンナートや、細い卵麺のタヤリン、ラビオリの一種のアニョロッティ・デル・プリンなども、この地方を代表する料理です。
アニョロッティ・デル・プリンは、肉などの具を詰め、生地を指でつまむように閉じたパスタ。肉の煮汁やバターなどで味わう食べ方がよく知られていますが、トマトソースを合わせることもあります。
もちろん、トマトソースは日常のパスタ料理にも使われます。らせん状のフジッリは、溝にソースがよく絡むパスタです。

また、旬のトマトを切り、チーズと合わせるだけでも一皿になります。
ピエモンテにはカステルマーニョをはじめとする個性豊かなチーズがあり、地元の食材を組み合わせる楽しみもあります。
肉のうまみにトマトの酸味を重ねる使い方は、パスタのソースとしてトマトが発展したナポリとは、また違う魅力があります。
夏のトマトを、冬の食卓へ
ピエモンテの料理では、肉やバター、チーズがよく知られていますが、トマトもまた、この土地の食卓に根づいています。
その一つが、バニェット・ロス(Bagnet ross)。トマトに香味野菜や酢などを合わせて作る赤いソースで、茹で肉料理「ボリート・ミスト」などに添えられます。
夏に実ったトマトを煮て瓶に詰め、寒い季節にも味わう。収穫の季節を越えて食材を生かす保存食づくりは、イタリア各地の家庭で受け継がれてきた知恵です。
土地の野菜と、受け継がれる家庭の味
ピエモンテ州のモンフェッラート地方には、伝統的な保存食を手がける「IL MONGETTO(イル・モンジェット)」があります。公式サイトによると、創業者ロベルト・サントピエトロ氏は、リグーリア州でミシュラン一つ星のレストランを経営した経験を持ち、その後、家族に伝わるレシピと地域の農産物を生かした食品づくりに取り組みました。
地元の農産物を使って作られるトマトソースなどの瓶詰めは、収穫の季節を越えて、土地の味を食卓へ届けます。
家庭に伝わるレシピを商品として育て、イタリア国内だけでなく国外へも届けてきたIL MONGETTO。
その取り組みには、地域の農産物に新たな価値を生み出そうとする思いが感じられます。
土地で育った野菜を保存し、料理に生かし、遠くの人にも届ける。現代の食品づくりの中にも、昔からの暮らしの知恵が息づいています。
参考:IL MONGETTO公式サイト(創業者・企業沿革)
トマトは、土地の味になっていく
トリノでは、宮廷の料理人が磨いた料理も、工場で働く人々のお弁当も、農村の家庭料理も、それぞれの暮らしの中で育まれてきました。
その食文化の中に、トマトも少しずつ取り入れられていきました。アルプスの麓で育ったトマトが、加工され、運ばれ、家庭の鍋に入る。野菜の旅は、人々の暮らしの歴史でもあるのです。
写真・参考資料
トリノ王宮:Martin Teetz、編集 Ian Spackman(Public Domain)。フィアット工場(1939年):Centro Storico Fiat(Wikimedia Commons上のPublic Domain表記)。各写真の原本・利用条件は写真下のリンクをご覧ください。
街並み・バーニャ・カウダ:写真AC(利用条件確認済み)。ポルタ・パラッツォ市場:Xadhoomx(CC BY-SA 3.0、原本)。地図・カプネ:AI生成イメージ。地図は正確な国境線・縮尺を示すものではなく、カプネはトマトソースを合わせた現代風の料理イメージです。
ピエモンテのトマト:Piemonte Agricoltura「Pomodoro Costoluto di Cambiano」。